【仏教入門3-4】ブッダが見た「四つの真実」とは?仏教の核心・四聖諦と八正道を解説

ブッダ

皆さん、こんにちは。「かんどう和尚のはじめての仏教」へようこそ。 このサイトは、仏教初心者の方に向けて、やさしく・わかりやすく仏教の教えをお届けしています。

今回は、ブッダの伝記である『ニダーナカター』に基づいて、ブッダの生涯についてお話しします。

前回は「なぜブッダは悟りに至ることができたのか」というテーマで、伝統的に語られてきた二つの説のうち、一つ目をご紹介しました。それは「苦しみの発生メカニズム=十二支縁起の解明」が悟りに至る理由だというものでした。

今回は、もう一つの説についてご紹介します。

四つの事実──ブッダが目の当たりにしたもの

ブッダが悟りに至ったもう一つの理由とされるのが、「四つの事実=四聖諦(ししょうたい)」の発見です。具体的には、以下の四つの事実をブッダは見出されました。

  1. この世は苦であるという事実
  2. 苦の原因はタンハー(煩悩)であるという事実
  3. タンハーが消滅すれば、苦が消滅するという事実
  4. 苦を消滅させるための八つの実践があるという事実

この「四聖諦」とは、「四つの聖なる真理」という意味ではなく、「聖者にとっての四つの真理」という意味です。ここでいう聖者とは、悟りに至る階梯を登っている人たちを指します。

「この世は苦である」は本当か?

一般の人々は、この世界を「素晴らしいもの」と捉えることが多く、映画やドラマでも「人生は素晴らしい」と描かれます。しかし実際には、「老い・病・死」のような苦しみが避けられない現実として存在します。

もちろん、仏教は人生に「楽」があることも認めています。ただし、それは不完全で、一時的なもの。たとえば、美味しい食事や温泉の快楽も、永遠には続かず、やがて終わってしまいます。そして、私たちはそれをもっと味わいたいと欲し、苦しみが生まれる。

仏教では、こうした世界のあり方を次のように表現します。

「世俗の快楽を追求することは、剃刀の刃からしたたる蜂蜜を舐めるようなもの」

こうした見方から、仏教は「暗い」「ネガティブ」だと捉えられることもあります。実際、19世紀に仏教がヨーロッパに伝わった際には、否定的に受け取られたこともありました。

しかし仏教は、「苦しみには原因がある」「その原因は解消できる」とも説いています。

苦の原因とその解消

二番目の事実「苦の原因はタンハー(煩悩)」は、前回ご紹介した「十二支縁起」とも関係しています。
そして三番目の「タンハーが消滅すれば、苦も消える」という教えによって、苦しみの解決の道筋が提示されます。

この「タンハー(渇愛)」という言葉は、より広く「煩悩」と表現されることもあります。

八正道──苦を終わらせる八つの道

最後、四つ目の事実は「苦を終わらせる八つの実践がある」ということ。これを「八正道」と呼びます。八つの「正しい」実践の道を以下にご紹介します。

正見(しょうけん)

仏教が説く原因と結果のつながり、善悪の行いが結果をもたらすという仏教的な見解を持つこと。ここが出発点です。

正思惟(しょうしゆい)

怒りや欲求といった自分本位の思考を離れた「正しい思考」。

正語(しょうご)

嘘・悪口・二枚舌・無駄口を離れた、折り目正しい言葉遣い。

正業(しょうごう)

殺生や盗みといった不善行為を避け、道徳的な行動をとること。

正命(しょうみょう)

他者を傷つけない生計手段。詐欺や強盗などを避ける現代的な働き方の指針。

正精進(しょうしょうじん)

煩悩を減らすことに直結する努力。仏教が否定する苦行などは「邪な努力」とされる。

正念(しょうねん)

対象に意識を向け続けること、すなわち瞑想。仏や念仏に集中することも含まれます。

正定(しょうじょう)

優れた精神集中によって、煩悩を打ち消す智慧があらわれてくる状態。

おわりに:次回は「悟ったあとのブッダ編」

以上が、四聖諦と八正道──そしてブッダが悟りに至った理由の全体像です。
今回は教理に関わる内容だったため、やや難しく感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、仏教を理解するうえでとても重要な箇所なので、お話しさせていただきました。

次回からは、新たなシリーズ『悟ったあとのブッダ編』に入ります。
悟りを開いたブッダが、その後どのような行動をとったのか──あまり知られていない、しかしとても興味深いお話です。どうぞお楽しみに。

※この記事は、Podcast番組『かんどう和尚のはじめての仏教』のエピソードをもとにしています。Podcast番組では、記事にはないアフタートークもありますので、ぜひお聴きください。