【仏教入門(1-4)】仏教誕生前のインド編。仏教誕生の背景 〜社会構造の変化と新たな思想の萌芽〜

古代インド 都市

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これまで、仏教が誕生する以前のインドの様子についてお話ししてきました。前回と前々回では、インドにおける身分制度である「カースト」について解説いたしました。

ヒエラルキー構造の変動とその兆し

カースト制度は、バラモンと呼ばれる司祭階級を頂点とし、富と知識が彼らに集中する社会構造として確立されていました。しかし、今から約2500年前、その構造に変化の兆しが現れます。この変化こそが、やがて仏教の誕生へとつながっていくのです。

では、何が起こったのでしょうか?

それは、ガンジス川中流域での農業の発展です。一見、宗教とは無関係のように思えるかもしれませんが、これが社会全体に大きな変化をもたらすことになります。

鉄器の登場と都市の発展

当時、ガンジス川の中流域は深い森林に覆われていましたが、鉄器の使用が本格化したことにより、大規模な森林伐採が可能となり、広大な農地が開拓されました。その結果、作物の生産量が飛躍的に増加し、余剰が生まれるようになります。

この余剰は、他地域との交易を促進しました。とくにガンジス川を利用した流通が活性化し、商業が大きく発展していきます。商業の発展は人々を引き寄せ、大規模な都市の形成につながりました。

仏典には、当時隆盛を誇った「十六大国」という国家群の存在が記されています。

王政と共和制――社会構造の多様化

この十六大国は、主に二つの統治形態に分類されます。一つは王による専制政治を行う「王国」、もう一つは複数の貴族による合議制で運営される「ガナ・サンガ(共和制国家)」です。

とくに有名なのが、ガナ・サンガ制を採用していた「ヴァッジ国」。ブッダはこの国の政治体制を参考にし、自らの仏教教団を構築したとされています。仏教教団が「サンガ(僧団)」と呼ばれるのも、この影響を受けてのことです。

ちなみにブッダ自身は、「シャーキャ族」という小国家の王族出身でした。この国もまたガナ・サンガ制を採用していましたが、当時の大国「コーサラ」の属国に過ぎなかったと考えられています。

王族の台頭とバラモン階級への疑問

都市化の進展により、都市を治める王族たちが莫大な富を得るようになり、それはそのまま王族の権力増大につながりました。

そうして台頭してきた王族の中には、バラモンを最上位とする既存のカースト制度に対し、疑念を抱く者も現れます。

「本当に自分たちよりバラモンが上なのか?」

こうした疑問が広まる中、ブッダは王族という身分で生まれ、当然ながらバラモンの権威を認めていませんでした。そのため、仏典の記述では、バラモン・クシャトリヤ(武士階級)の順ではなく、クシャトリヤ・バラモンの順で語られていることが多いのです。

仏教は商人に支えられた宗教

さらに、仏教は誕生当初から商人階級に支持された宗教でした。ブッダが悟りを開いた後、最初に帰依した人物たちはタプッサとバッリカという二人の商人です。

その後、仏教はインドにおいて一時的に衰退していきますが、それは商業の衰退と密接に関係していると考えられています。

次回予告:仏教以前のインド思想

今回は、仏教誕生の歴史的・社会的背景に焦点を当ててお話ししました。次回は、さらに深く踏み込み、ブッダが登場する以前のインド思想の世界についてご紹介したいと思います。

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