皆さん、こんにちは。「かんどう和尚のはじめての仏教」へようこそ。 このサイトは、仏教初心者の方に向けて、やさしく・わかりやすく仏教の教えをお届けしています。
今回はいよいよ、ブッダの伝記である「仏伝」をもとに、ブッダの生涯をたどっていきたいと思います。物語は、ブッダの前世から始まります。
ブッダの前世は、兜率天(とそつてん)という天界に住む神であったとされます。ブッダとなる者は、前世の段階で兜率天に住むと伝えられています。
そこから「どのような親のもとに生まれるべきか」を観察し、シャーキャ族の王であるスッドーダナ王と、その妃マーヤー夫人を選んで、母胎に入るのです。日本ではなじみが薄いかもしれませんが、古代インドでは「子が親を選ぶ」という世界観が存在していたのです。
こうしてマーヤー夫人が後にブッダとなる菩薩を身ごもったとき、不思議な夢を見ます。それは、美しい白い象が夫人の右脇を開いて胎内に入っていくという夢でした。これは「予知夢」とされ、白い象は吉兆の象徴であり、登場する象こそが菩薩です。
右脇から入るという描写には意味があります。インドでは右手が清浄を意味し、また「脇」や「腕」は古代神話において、原人プルシャの腕からクシャトリヤ(王族・武人階級)が生まれたという故事にも関係します。
マーヤー夫人がこの夢をスッドーダナ王に話すと、王は宮廷付きのバラモン(当時の聖職者)を呼び寄せ、夢の解釈を求めました。バラモンたちはこう答えます。
「王妃様は王子をご懐妊なさいました。この王子が在俗の生活を送れば転輪王となり、出家すればブッダとなられます。」
「転輪王」とは、武力を用いずに世界を治める理想的な王のことで、インドにおける完全無欠の統治者の象徴です。
この予言を聞いてスッドーダナ王はさぞ喜んだことでしょう。なぜなら、彼の治めるシャーキャ族はそれほど大きな勢力ではなく、近隣の大国コーサラ国の属国であったからです。
少しスケールは違いますが、日本もまた、かつて中国に、そして現代ではアメリカに対して一定の敬意を払ってきた国です。スッドーダナ王もまた、他国の顔色をうかがいながら政を執っていたわけです。そんな状況で、「あなたの息子はインド全土を治める王になる」という予言が下されたのですから、嬉しく思わないはずがありません。
しかし、手放しには喜べませんでした。というのも、もうひとつの可能性——「出家すればブッダになる」という予言があったからです。王位継承者が出家してしまっては国として困る。そこでスッドーダナ王は、菩薩が出家しないよう、さまざまな策略を巡らせることになります。
月日が流れ、マーヤー夫人は臨月を迎え、実家で出産することになります。いわゆる里帰り出産ですね。
その道中、夫人は突然、産気づきます。その場所が「ルンビニー」と呼ばれるところで、現在のネパール南西部、ルンミンデーイにあたります。つまり、現代の国境で言えば、菩薩はインドではなくネパール生まれということになります。
産気づいたとき、たまたま夫人が樹の枝につかまっていたため、そのまま立った姿勢で出産したと『ニダーナカター』には記されています。一方で、後の仏伝では「右脇から生まれた」とも伝えられています。こちらの方が有名かもしれません。
この右脇からの誕生という描写は、先ほどの予知夢のイメージが出産場面に転用されたものとも考えられます。また、「右脇から生まれる」という表現は、難産であったことを象徴的に語るものであるとも言われます。
よく「出産の痛みは鼻の穴からスイカを出すようなもの」とたとえられますが、それと同様に、「脇の毛穴から出産するほどの難産だった」といった、強烈な印象を与える表現なのかもしれません。
実際に、マーヤー夫人は出産からわずか七日後に亡くなってしまいます。先ほど、マーヤーという名前をご紹介しましたが、「マーヤー」はインドの言葉で「幻(まぼろし)」を意味します。そのため、「母が幻のように儚い存在だった」ことを象徴するために、後からこの名が付けられたのではないかとも言われています。とても切ない話ですね。
ちなみに、父・スッドーダナ王の名前は「白飯(はくはん)」という意味です。この地域では稲作が行われていたことを示しています。
次回は、菩薩が誕生した際の出来事、そして有名なあの言葉の本当の意味についてご紹介します。どうぞお楽しみに。
※この記事は以下の音声コンテンツをもとに作成されています。音声配信では、記事にはないアフタートークも収録されておりますので、ぜひお聴きください。

