【仏教入門(1-6)】仏教誕生前のインド編。「人生の目的は変わる」―バラモン教から仏教へ続く思想の旅

ヒンドゥー

皆さん、こんにちは。「かんどう和尚のはじめての仏教」へようこそ。 このサイトは、仏教初心者の方に向けて、やさしく・わかりやすく仏教の教えをお届けしています。

前回は、インド思想のはじまりとも言えるヴェーダと、それを中心としたバラモン教についてお話ししました。


目的の転換

バラモン教の時代、人々の人生の目的とされていたのは、自らの願望を叶えたり、現世における幸福を享受することでした。社会的な義務を果たし、家庭を繁栄させることが推奨されていたのです。

しかし、時代が進むにつれて、それとは異なる価値観が生まれます。つまり、「家を出て、世俗から離れ、解脱を目指すこと」こそが、人生の本当の目的であると考えられるようになっていくのです。

ここまで来ると、仏教の気配がしてきますよね。つまり、価値観そのものが大きく転換したということです。


解脱という考え方の登場

まず「解脱」とは何か、というところからお話ししましょう。ヴェーダやバラモン教の時代には、「人は死んだらどうなるのか」という問いは、あまり中心的なテーマではありませんでした。

しかし、時代が下るにつれて、人々の関心は死後の世界へと向かうようになります。それが明確に語られるのが、「ウパニシャッド」と呼ばれる文献群です。

ウパニシャッドは、ヴェーダに付属する文献とされ、哲学的な思想書でもあります。その語源は「弟子が師の近くに座す(=知恵を伝授される)」という意味から来ており、師から弟子へと伝えられてきたものと考えられています。複数の文献の総称であるため年代の特定は難しいのですが、古いものは紀元前7〜6世紀ごろ、つまりブッダの登場より1〜2世紀前にさかのぼるとされます。

このウパニシャッドの中で「死後のあり方」が語られる一節に、ウッダーラカ・アールニという哲学者がある王様から教えを受ける場面があります。そこでは、人は死後、さまざまな過程を経て「生まれ変わる」と説かれています。

この「生まれ変わり」の思想が、インド思想における「輪廻(りんね)」の概念です。文字通り「生まれては死に、また生まれる」という終わりなきサイクルを繰り返すという考え方です。

この背景には、「この世の生は苦しみに満ちている」という共通認識がありました。だからこそ、「もう二度と生まれ変わらないこと」、すなわち「輪廻からの離脱=解脱」こそが至高の目標とされるようになったのです。


どうすれば解脱できるのか?

インド思想はこの後、「なぜ輪廻が起こるのか」「どうすれば解脱できるのか」といった問いに向かって進展していきます。しかし、答えはひとつではありません。多くの思想家が、それぞれの考えを展開し、統一的な見解は存在しないのです。

輪廻の原因についても、「こうだ」と言う人がいれば、「いや、こうだ」と異なることを言う人もいます。解脱の方法についてもさまざまで、そもそも「解脱とは何か」という定義そのものにも違いがあります。

よく「悟り」とも言われますが、「悟り」と「解脱」は基本的に同じ意味と考えて差し支えありません。


アートマンという考え方

ここで、非常に重要な概念が登場します。それが「アートマン(ātman)」です。

ウッダーラカの弟子にヤージュニャヴァルキヤという哲学者がいました。彼は、「私たちが見たり聞いたりするその背後には、“主体”としての存在がある」と考えました。この主体を「アートマン」と呼びます。

たとえて言えば、ガンダムのパイロットのようなイメージです。外の世界で何が起ころうとも、それを体験している「内なる自己」がある。それがアートマンなのです。

このアートマンこそが、生まれ変わりの主体だと考えられるようになります。そして、これは後に仏教の思想と大きく対立することになります。なぜなら、ブッダはこの「アートマン」の存在そのものを否定する立場に立つからです。

この「アートマン」という概念は、仏教の理解において非常に重要な前提です。次回からは、いよいよその仏教の核心に迫っていきたいと思います。

この記事は以下の音声配信をもとに作成されています。記事にはないアフタートークも収録されておりますので、ぜひお聴きください。