【仏教入門(1-2)】仏教誕生前のインド編。カースト制度とは?ヴァルナとジャーティ、インド社会に根づく階級制度をやさしく解説

インド人

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前回から仏教の歴史についてお話ししていますが、今回はその前段階として、仏教誕生以前のインド社会、とりわけカースト制度についてお話ししたいと思います。カーストがどのように誕生し、どのようにインド社会に定着し、実生活に影響を与えているのかを見ていきましょう。


カーストのはじまり

今から約3500年前、インドには「アーリヤ人」と呼ばれるヨーロッパ人の祖先にあたる人々が進出し、さまざまな文化や習俗がもたらされました。その中の一つがカースト制度です。

「カースト」という言葉自体は、16世紀にインドを訪れたポルトガル人航海者が、生まれによって人々を区別するインドの慣習を見て名付けたものです。

それ以前のインドには、インダス文明を築いたとされるドラヴィダ人が先住民族として存在していました。ドラヴィダ人は肌が黒く、後からやってきた肌の白いアーリヤ人は、肌の色を基準に自らと他者を区別し始めたと言われます。これがカースト制度の萌芽だと考えられています。


「ヴァルナ」と「ジャーティ」:カーストを構成する二つの概念

「カースト」と一口に言っても、実際には**ヴァルナ(Varna)とジャーティ(Jāti)**という二つの異なる概念が含まれています。

ヴァルナ(Varna)

ヴァルナは四つの階級制度です。

  • バラモン(司祭階級)
  • クシャトリヤ(王侯・武士階級)
  • ヴァイシャ(商人・農民など平民階級)
  • シュードラ(奉仕階級)

さらに、シュードラの下に位置付けられた人々はヴァルナの枠からも外された存在で、いわゆる「不可触民」として長年差別を受けてきました。彼らは現在、自らを「ダリット」と呼んでいます。

ジャーティ(Jāti)

一方、ジャーティは職業や儀礼、血縁・地縁によって構成される、実際に社会生活を営む際の共同体です。数千種類にも及ぶジャーティが存在するとされ、それぞれが属するヴァルナに割り当てられています。

ヴァルナが理念的な分類であるのに対して、ジャーティは現実社会で機能する実体なのです。


「浄/不浄」という観念

ヴァルナやジャーティを理解するうえで鍵となるのが、インド社会に深く根付く「浄/不浄の観念」です。

この観念はバラモン教やヒンドゥー教の教義に基づいており、日常生活のすみずみにまで影響を及ぼしています。たとえば、右手は「浄の手」、左手は「不浄の手」とされ、食事は右手、排泄の処理は左手で行うのが一般的です。

ちなみに、日本で焼香の際に右手を用いるのも、このインドの習慣が仏教を通じて伝わったことに由来します。


人に宿る「穢れ」の観念

「不浄」とされるものは、排泄物や分泌物だけでなく、「誕生」や「死」も含まれます。これらはインドの古典法典である『マヌ法典』にも記されています。

さらに、この浄/不浄の観念は人そのものにも向けられます。

バラモン階級に属するジャーティの人々だけが「浄」とされ、それ以外の人々は生まれながらにして不浄であると見なされます。しかも、カーストの下位になるほどその不浄の度合いが強まるとされ、接触や食事の共有によって不浄が“伝染する”と信じられてきました。そのため、汚れを清めるための沐浴や浄化の儀式が必要とされてきたのです。


簡単には変えられない制度

私たち日本人にとっては、「そんな制度、改革すればいいのでは」と思うかもしれません。しかし、インド社会においては、カースト制度は宗教、文化、生活習慣が何層にも折り重なった非常に根深い制度であり、簡単に変えることができない現実があります。


次回予告

次回は、このカースト制度がインドでなぜ廃れることがなかったのか、そしてそれが仏教の誕生とどのように関係しているのかについて、さらに掘り下げてお話しします。

※この記事は以下の音声コンテンツをテキスト化しています。記事にはないアフタートークもありますので、ぜひお聴きください。