【仏教入門(1-1)】仏教誕生前のインド編。仏教が生まれる前のインドの姿とは

インド

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皆さん、こんにちは。
今回は第一回ということで、仏教の歴史をひもとくシリーズを始めたいと思います。仏教を語る際には、創始者であるブッダの誕生から話を始めることが多いのですが、私はその方法を取りません。

なぜなら、仏教は突如として現れた思想ではなく、インドという土地とその歴史的背景の中から生まれたものだからです。仏教を正しく理解するには、その誕生以前のインド社会を知ることが必要だと考えています。


アーリヤ人のインド進出

皆さん、インド人の顔立ちを思い浮かべたことがありますか?近年では映画『RRR』などのインド映画の人気もあり、俳優たちの顔を目にする機会も増えました。

彼らの多くは、目が大きく、鼻が高く、彫りの深い顔立ちをしています。これらの特徴はヨーロッパの人々とよく似ています。なぜかというと、彼らの祖先が共通しているからです。

かつて中央アジアから南ロシアにかけて、遊牧民として生活していた人々が、やがて各地へと移動していきました。その一部が今から約3500年前、インドとイランに進出し、「アーリヤ人(アーリア人)」と呼ばれるようになります。

「アーリヤ」とは「高貴な」「聖なる」という意味を持ち、彼らが自らをどう捉えていたかがうかがえます。

アーリヤ人は、インド先住の人々と接触しながらインドに定着していきます。インダス文明を築いたとされるドラヴィダ人は、アーリヤ人の進出によって南方へと追いやられたと考えられています。つまり、両者の「交流」は、友好的なものばかりではなく、侵略的要素も含まれていたのです。


カースト制度と肌の色

その影響は、現在のインド社会にも色濃く残っています。インドには「カースト」と呼ばれる厳格な身分制度がありますが、これはインド語では「ヴァルナ(Varna)」と呼ばれ、本来「色(肌の色)」を意味します

この制度の上位には、白色人種であるアーリヤ人が多数を占め、モンゴロイド系の先住民は下位に組み込まれました。とくに、最下位の「シュードラ」という階級は、先住部族の名に由来しているとも言われています。

このような背景から、カースト制度はアーリヤ人による先住民族支配のための戦略だったという見方がされています。


カースト差別の宗教的根拠

アーリヤ人たちは「ヴェーダ」と呼ばれる聖典を編纂し、それに基づいた信仰を持ちました。ヴェーダは、自然現象を神格化し、それらに対して祭式を執行することで神の加護を得るという多神教的宗教体系です。日本の真言宗で行われる「護摩行」も、このヴェーダの祭式に由来します。

インド=仏教という印象が強いかもしれませんが、実はインドではこのヴェーダ思想が正統派であり、仏教は異端と見なされてきました。ちなみに、「アーユルヴェーダ」は、ヴェーダ思想に基づく伝統医学です。


仏教とヴェーダ思想の関係

ブッダは、このヴェーダ的世界観をある程度受け入れながらも、根幹部分ではこれを否定する形で仏教を説きました。

たとえば、「輪廻」の思想はウパニシャッドなど仏教に先行するものにも見られ、ブッダもこれを受け入れました。しかし、ヴェーダでは「アートマン(真我)」という生まれ変わる実体があるとされるのに対し、仏教ではこれを否定し、「無我」という立場を取ります。

このように、仏教はヴェーダ的枠組みを乗り越える新しい思想として登場したのです。つまり、アーリヤ人がインドに入ってこなければ、仏教は存在しなかったかもしれません。

仏教を深く理解しようとするなら、こうした背景を知らずして語ることはできません。だからこそ、ブッダ誕生以前から話を始める必要があったのです。


バラモン教とヒンドゥー教の原型

少し話が逸れましたが、ヴェーダの祭式を執行する司祭は「ブラーフマナ(バラモン)」と呼ばれ、彼らが中心となって信仰を担ったことから、この宗教は後に「バラモン教」と呼ばれるようになります。これは、今日のヒンドゥー教の原型とも言えるものです。

ヴェーダには、カースト制度を肯定する言葉が明記されており、それによりアーリヤ人たちはこの制度は神によって定められたものだと主張しました。こうして、カースト制度は宗教的な正当性を得て、現代に至るまでインド社会に根を張っているのです。


次回予告

では、このカースト制度がインド社会にどのような影響を及ぼし、どのように定着していったのか。その点について、次回詳しくお話ししたいと思います。

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