皆さん、こんにちは。
今回から新シリーズ「晩年のブッダ編」をお届けします。
これまで見てきたように、ブッダに端を発する仏教サンガは、ガンジス川中流域で大きく発展しました。この時期になると、主要な国々の王や名のある富豪たちもブッダに帰依し、仏教はすでに社会的な地位を確立していました。
しかし、晩年のブッダの歩みは決して順風満帆ではありません。後継者として信頼していたサーリプッタ尊者とモッガラーナ尊者に先立たれ、さらに故郷であるシャーキャ族も滅亡してしまいました。しかも、それを滅ぼしたのは、ブッダと親しかったコーサラ国王パセーナディの息子です。
このように多くの失望を経験しながらも、ブッダは挫けることなく、人々に教えを説き続けました。その晩年の姿は、やがて老いゆく私たちにとっても多くの示唆を与えてくれます。
今回のシリーズでは、ブッダの最期の日々を描いた経典『大パリニッパーナ経』をもとにお話しします。
この経典は、マガダ国王アジャータシャトルの臣下がブッダのもとを訪ねる場面から始まります。
アジャータシャトルは、かつて父ビンビサーラ王を殺害して王位を奪った人物です。このとき彼は、隣国ヴァッジを滅ぼしたいと考えており、その可否をブッダに尋ねるために大臣を派遣しました。
大臣から「ヴァッジを征服したい」という王の意向を聞いたブッダは、侍者のアーナンダ尊者にこう語ります。
「ヴァッジの人々には七つの善き徳がある。それらが保たれる限り、彼らは繁栄し、衰えることはない。」
この言葉を通して、ブッダは間接的に「戦によってヴァッジを滅ぼすことは難しい」と諭したのです。
ここでブッダが語る七つの徳は、まさにコミュニティ運営の原理といえます。
人間社会には、地域や学校、職場、趣味のサークルなど、さまざまなコミュニティがありますが、それを長く維持するのは容易ではありません。ブッダはその要点を七つに整理して語っています。
① よく集まり、話し合うこと
ヴァッジの人々は、しばしば集会を開き、多くの人が参加していました。
これは「自分たちのコミュニティの行く末に関心を持つ」という姿勢のあらわれです。長く続く共同体には、一人ひとりの当事者意識が欠かせません。
② 協力して事にあたること
当然のように聞こえますが、実際には難しいものです。
ブッダは、労力や工数を最小限にして協力し合う仕組みを重視しました。たとえば、托鉢によって日々の食事を得る制度は、持続可能な共同生活の形でもあります。
③ ルールを守り、むやみに変えないこと
ヴァッジの人々は、定められた規則を大切にし、勝手に新しいルールを作らないとされます。
これは、コミュニティの規律を保つために重要な原則です。ブッダも僧団に多くの戒律を定め、秩序を維持しました。インドには「最初が完璧で、後は劣化していく」という時代観があり、その考えに基づいて戒律を変更しないという伝統が生まれたのです。
④ 年長者を敬うこと
ここでいう「年長者」とは、単に年齢が上の人ではなく、「そのコミュニティに長く属してきた人」を指します。
上下関係ではなく、秩序を守るための仕組みとして序列を設けること。それが共同体を円滑に保つ鍵なのです。
⑤ 女性を暴力で扱わないこと
古代インドの時代背景を反映した教えですが、現代的に言えば「性別によって扱いを変えない」ということです。コミュニティ内の尊重と平等は繁栄の基礎です。
⑥ 霊域を供養すること(共通の物語を大切にする)
霊域とは、聖なる場所のこと。共に供養するという行為は、「同じ物語を共有する」ことでもあります。
人間の自然なコミュニティの上限はおよそ150人とされますが、それ以上の人々を結束させるのは「共通の物語」です。自分たちの理想や未来を共有することが、共同体を強く結びつけます。
⑦ 宗教家や指導者を大切にすること
これは現代で言えば、メンターを大切にすること。導いてくれる存在がいることで、迷いや対立があってもコミュニティは持続します。
ブッダはこのようにヴァッジの七つの徳を挙げ、戦争を回避させました。
しかし、その話を聞いたマガダ国の大臣は、「戦で倒せないなら内部から壊せばよい」と考え、国内の離間工作を思いついてしまいます。結果的に、ブッダは敵にもヒントを与えることになったのです。
この後、ブッダは弟子たちに向かって「仏教サンガが栄えるための条件」を説きますが、それもヴァッジの七つの徳とほぼ同じ内容です。
次回は、ブッダが信者たちに**「戒(ルール)」を守ることの意味**を説く場面を取り上げます。
※この記事は、以下のポッドキャストをテキスト化したものになります。音声でお聴きになられたい場合は以下のプレーヤーよりお聴きください。

