【仏教入門6-4】その生き方は、ブッダを尊敬していると言えるのか?供養の本当の意味と、弟子の責任

涅槃 

あなたは、お坊さんのことが好きでしょうか。
このポッドキャストを聴いてくださっている方の中には、「嫌いだ」という方はあまりおられないかもしれません。しかし世の中全体を見渡すと、お坊さんに対して良い印象を持っていない方も少なくありません。

そうした方々が思い浮かべるのは、夜の街で豪遊する姿や、高級車を乗り回す姿といった、いわゆる「よくないお坊さん」のイメージでしょう。実は、こうした姿は仏教的に見ると、ブッダを本当の意味で尊敬していないことになるのです。

今日は、その点についてブッダ自身が言及している場面をご紹介したいと思います。


沙羅双樹の間で語られた「真の供養」

前回は、ブッダが自身の食中毒の原因となった食事を提供したチュンダを案じる場面までをお話ししました。その後、ブッダは目的地であるクシナーラー(クシナガラ)に到着されます。

到着したブッダは、付き人であるアーナンダ尊者に「疲れたので横になりたい」と告げ、二本のサーラ樹の間に敷物を敷かせ、頭を北に向けて横になられました。サーラ樹、いわゆる沙羅双樹は、『平家物語』の冒頭にも登場します。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす

この一節は、ブッダが沙羅双樹の間で亡くなられたことを踏まえた表現です。また、この場面の記述から、日本では亡くなった人を北枕にする風習が生まれたともいわれています。

ブッダは右脇を下にして横になり、頭は北、顔は西を向けておられました。この姿勢を「頭北面西」といいます。

そのとき、周囲の木々の花が満開となり、花びらがブッダの身体に降り注ぎました。それを見て、ブッダはアーナンダ尊者に次のように語られます。

私を供養するために花々が咲き、花びらが降り注いでいる。しかし、それだけでは足りない。
私が説いたとおりに仏道を歩むことこそが、私を尊敬し、供養することなのだ。

生前は、ブッダその人を見ることで仏教の教えに触れることができました。しかしブッダ亡き後、人々は弟子たちを通して仏教に触れることになります。弟子たちが折り目正しい生活と修行をしていれば、「仏教は素晴らしい教えだ」と思われるでしょう。しかし、もし堕落した姿を見せれば、仏教そのものが軽んじられてしまう。

それは弟子や信者の振る舞いによって、仏教、ひいてはブッダその人を損なうことになる。だからこそ、教えを体現する生き方こそが最大の供養なのだと、ブッダは示されたのです。


この構造は、師弟関係だけでなく親子関係にも当てはまります。

「お里が知れる」という言葉があります。決して良い意味ではありませんが、一人の人間の人格形成において、親の影響がどれほど大きいかを逆説的に表しています。私たちの一挙手一投足は、親の徳を讃えもすれば、損ねもする。生き方そのものが、親への供養になるのです。

供養という言葉は、古代インド語で「プージャー」といい、もともとは供物を捧げることを意味します。しかしここでブッダは、供養に新たな意味――「教えを生きること」を加えられています。


感情の奴隷か、感情の御者か

ブッダが横になって休まれているとき、ウパヴァーナ尊者が団扇で仰いでいました。するとブッダは、「邪魔だからそこをどきなさい」と命じられます。

ウパヴァーナ尊者は、アーナンダ尊者以前に長くブッダの付き人を務めた方です。しかしブッダの言葉によれば、彼の背後には多くの神々が集まっており、彼が立っていることで神々がブッダを拝めなくなっていたのだといいます。

その場で、神々の反応は二つに分かれました。

心の修養が未熟な神々は、髪を振り乱し、赤子のように地面を転がって泣き叫びました。一方、修養を積んだ神々は、悲しみをぐっと堪え、「諸行は無常である。滅びないものがどうしてあろうか」と自らを戒めました。

この違いは、感情の奴隷か、感情の御者かの違いだといえるでしょう。修養によって心を治めた人は、感情に振り回されません。よく泣くことが供養になるという考え方もありますが、少なくとも仏教の価値観では、そうは考えられていないのです。


ブッダ亡き後、心を浄めるために

神々との別れを終え、ブッダに残された時間はわずかとなります。それを悟ったアーナンダ尊者は、どうしても聞いておきたいことを次々と尋ねました。

「ブッダがご存命の間は、立派なお坊さん方が訪ねて来られ、私たちもその方々にお仕えすることで心を浄めることができました。しかし、ブッダ亡き後には、それも叶いません。どうすればよいのでしょうか」

これに対しブッダは、「私が生まれた場所、悟りを開いた場所、初めて説法した場所、そして亡くなった場所を訪ねなさい」と答えられます。

生誕の地ルンビニー、成道の地ブッダガヤ、初転法輪の地サールナート、入滅の地クシナーラー。これらの聖地を巡礼することで心が浄められ、死後は天に生まれ変わると説かれました。

後の仏教徒たちはブッダを偲び、これらの地を巡礼するようになります。玄奘三蔵をはじめとする中国の留学僧たちも、皆これらの聖地を訪れています。聖地巡礼は、ブッダその人にまみえることに等しく、そこに寄進することはブッダに寄進することに等しいと考えられたのです。

なお、ここでいう霊域は「チャイティヤ」と呼ばれます。よく似た言葉に「ストゥーパ」がありますが、これはブッダの遺骨を納めた場所の上に建てられた建造物で、日本の五重塔はその系譜にあたります。仏像が作られる以前、僧院にはチャイティヤが設けられるのが一般的だったともいわれています。

このように、ブッダへの質問はまだまだ続きますが、その続きは次回お話ししたいと思います。

※この記事は、以下の音声コンテンツをテキスト化したものになります。