「人の心がどのように動くか」を意識することはありますか。
ビジネスパーソンには、この点に非常に敏感な方が多いように思います。どうすれば人の購買意欲を掻き立てられるのか、どのようなときに人の心が動くのか──そうした心理の機微を巧みに活用している。その姿勢には感心させられます。
実は、ブッダもまた、人の心がどのように動くのかを非常によく理解していました。ブッダには「他心通(たしんつう)」という、他人の心を見通す超能力があったと伝えられています。しかしこれは、魔法のような能力というよりも、人の心の動きを深く理解していたがゆえに、周囲の人には超能力のように見えたのではないか、私はそう思っています。
ビジネスパーソンがその理解をビジネスに活かすのに対し、ブッダはそれを「誰にも不利益が生じないように」用いられました。今日のお話は、まさにその点がよく表れている場面です。
前回は、ブッダが自らの死の直接的な原因となったとされる「スーカラマッタヴァ」という食べ物を口にし、食中毒にかかったところまでをお話ししました。
ブッダの伝記には、ブッダを偉大な存在として描こうとする記述が数多く見られます。それは遺された人々の心情として、きわめて自然なことです。しかし、その一方で、ブッダの死因は驚くほど劇的ではありません。食中毒という、非常に現実的なものです。
だからこそ、この記述の信憑性は高いと考えられます。そして、この「普通の死に方」が重要です。ブッダは特別な存在でありながら、私たちと切り離された存在ではない。私たちと地続きであり、その延長線上にブッダはおられるのです。
大乗仏教では、私たちも努力すればブッダになれると考えますが、少なくとも、感情に振り回されず理性的に生きるという点において、ブッダに近づくことはできる。その希望を感じさせてくれます。
今回は、ブッダがクシナーラーへ向かう道中の話です。
食中毒で体調のすぐれないブッダは、一本の木の根元で休憩され、「喉が渇いたから水を汲んできてほしい」と付き人のアーナンダ尊者に頼まれます。しかし近くの川は泥で濁り、とても飲める状態ではありませんでした。
アーナンダ尊者は事情を説明し、もう少し先のきれいな川まで我慢してほしいと伝えます。しかしブッダは「大丈夫だから汲んできてほしい」と三度にわたって頼みます。そこでようやくアーナンダ尊者が水を汲みに行くと、不思議なことに川の水は澄み切っていました。
アーナンダ尊者は、これをブッダの神通力だと感動します。
──ブッダには、濾過する能力もあったのでしょうか。
あまり野暮なことは言わず、次に進みましょう。
ブッダが休息していると、一人の男が近づいてきます。名をプックサといい、アーラーラ・カーラーマの弟子でした。アーラーラ・カーラーマは、ブッダに初めて瞑想を教え、ブッダが唯一「自分の先生」と仰いだ人物です。
プックサは、静かに坐るブッダの姿を見て、こう語ります。
「私の先生は、五百台の車が通り過ぎても気づかないほど深い瞑想に入っていました」
これは要するに、師匠自慢です。
それに対してブッダは、こう問い返します。
「五百台の車に気づかないのと、雷が目の前に落ちても気づかないのとでは、どちらがより深い集中でしょうか」
雷というのは、集中を妨げる代表例です。音の大きさだけでなく、「いつ鳴るかわからない」という緊張感そのものが、心を乱します。
プックサは「雷のほうがすごい」と答えます。するとブッダは、自身の体験を語ります。雷が落ち、人と牛が亡くなったことに、瞑想中でまったく気づかなかったという話です。
現代的に言えば、少し“マウントを取っている”ようにも感じられます。これはブッダ本人というより、伝記作者の意図が反映されているのでしょう。唯一の師であるアーラーラ・カーラーマを、ブッダがどれほど超えた存在であったかを示す必要があったのだと思われます。
この話に感激したプックサは、一対の金色の衣を寄進します。一枚はブッダに、もう一枚はアーナンダ尊者に。しかし、ブッダが身にまとうと、その衣は輝きを失ったように見えました。
なぜか。
ブッダの身体そのものが金色に輝いていたからです。
ブッダには「三十二相」と呼ばれる身体的特徴があると信仰されており、その一つが金色の身体です。仏像が金色で造られる理由も、ここにあります。ちなみに、光源氏も光っています。
プックサと別れた一行は、クシナーラー近くのマンゴー園へ向かいます。そこでブッダは、アーナンダ尊者に次のように語ります。
「チュンダを責めてはなりません。悟りの直前に食事を施した人と、最後に食事を施した人には、等しくこの上ない功徳があると伝えなさい」
悟りの直前に供養をしたのは、乳粥を施したスジャーターです。その功徳と同等であると、ブッダは説きました。
この場面から、ブッダがどれほど人の心を理解していたかが分かります。チュンダが責められること、そして自責の念に苦しむことを、ブッダは見越していました。そのフォローを、生前に済ませているのです。
人が亡くなったあと、遺族が揉めることは少なくありません。これは最も避けたい事態です。可能であれば、去りゆく本人が生前に手を打つべきでしょう。家族の性格や力関係を見極め、それに応じた配慮をしておく。これも終活の一つだと思います。
豊臣秀吉は、これに失敗しました。三成が憎まれる構図を作り、家臣団の分裂を招いたのです。
次回予告:ブッダの遺言
次回は、ブッダの遺言についてお話しします。
※この記事は、以下の音声コンテンツをもとにテキスト化したものになります。

