【仏教入門6-2】ブッダの死の原因となった一皿。謎の食べ物「スーカラマッタヴァ」

ブッダ 食事

皆さん、こんにちは。
前回は、ブッダが「それが自分の教えであるかどうかを見極める方法」を弟子たちに説いた場面についてお話ししました。

あの教えは、ブッダが自らの死後を意識して語られたものだと考えられます。しかし実際には、ブッダ在世中から、本人が語っていないことが「ブッダの教え」として広まってしまうことも、たびたびあったようです。そのような事態も念頭に置かれていたのかもしれません。

もっとも、誤りのすべてが悪意によるものだったわけではありません。勘違いや理解不足によるものも多かったはずです。人は誰しも間違える存在です。だからこそ、そうしたリスクを想定し、それを回避するための指針を示された――そのように理解することができるでしょう。


チュンダの供養

さて今回は、ついにブッダの死の原因となる出来事についてお話しします。

ブッダはボーガ市を離れ、パーヴァーという土地に到着します。そこで、鍛冶職人の子であるチュンダという信者が所有するマンゴー園に滞在することになりました。

チュンダは「鍛冶職人」と訳されますが、実際には金属加工に携わる職人だったのではないかとも考えられています。このような職業は、古代インドの既存の社会秩序において蔑視されがちでした。しかし仏教は、そうした人々をも排除せずに受け入れました。チュンダの存在は、その象徴的な例だと言えるでしょう。

チュンダは、自分のマンゴー園に敬愛するブッダが滞在していると知り、すぐに会いに行きます。そしてブッダの法話に深く感銘を受け、ブッダと弟子たちを食事に招待しました。

ブッダは沈黙によってその招待を受け入れます。意思を確認したチュンダは、ブッダを礼拝したのち、右回りに三度その周囲を回って帰宅しました。これは古代インドにおいて、相手に最大限の敬意を示す礼拝の作法です。日本の葬儀などに見られる作法も、ここに由来しています。奈良の寺院で本尊の周囲を右回りに巡れる構造になっているのも、この伝統に基づくものです。


スーカラマッタヴァとは何か

翌日に備え、チュンダはできる限りの料理を準備し、翌朝ブッダ一行を招きました。席に着いたブッダは、供された料理のうち一品を「自分にだけ出すように」と求め、他の料理は弟子たちに振る舞うよう指示します。

その料理は「スーカラマッタヴァ」と呼ばれていますが、現代のインドには残っていない食べ物です。カレーのように現在も確認できる料理とは異なり、その正体については諸説あります。

言葉を直訳すると「柔らかい豚」となり、豚肉料理と解釈されることもあります。一方で、豚を使って探す食材――たとえばキノコ類――であった可能性も指摘されています。トリュフを豚が探すという話を聞いたことのある方もいるかもしれません。

ブッダは、残ったスーカラマッタヴァを穴を掘って地面に埋めるよう指示します。その後、激しい腹痛と出血を伴う下痢に襲われました。いわゆる食中毒です。これが、ブッダの死の直接的な原因となります。

おそらくブッダは、料理が傷んでいることに気づいていたのでしょう。だからこそ弟子たちには食べさせず、残りも処分するよう命じたのだと思われます。しかし、せっかく用意された供養を拒むという選択はされなかった。その姿からは、ブッダの人となりが垣間見えます。

正直なところ、自分だったらどうするだろうか、と考えてしまいます。腐っていると分かっている食べ物を口にすることは、なかなかできないかもしれません。


ブッダの死生観

この場面を理解するためには、ブッダの死生観を踏まえる必要があります。ブッダは、現代日本のような「いのち至上主義」の立場には立っていません。

仏教では、生き物は生まれ変わりと死に変わりを繰り返すと考えますが、ブッダが目指したのは、その輪廻のループから完全に抜け出し、二度と生まれ変わらないことでした。そして、その輪廻を生み出す原動力が煩悩であると見抜き、それを完全に滅することに成功します。

つまりブッダは、すでに「死を待つだけ」の境地に入っていたのです。何が何でも生き延びることに価値を置いてはいませんでした。こうした背景も、あの場面で供養を受け入れた理由の一つではないかと思います。

もちろん、これは他人の命を軽んじてよいという意味ではありません。仏教は不殺生を根本原則としています。


現代の価値観を相対化する

現代の日本では、「いのち」や「生きること」が何よりも優先されるという価値観が、自明のものとして共有されています。しかし歴史を振り返ると、これは比較的最近形成された考え方です。

日本でも、かつての武士は誇りを守るために命を捨て、切腹を選びました。世界を見渡しても、命より優先される価値が存在した時代は少なくありません。

私たちは、そうした過去の価値観を、現代の基準で「未発達」「野蛮」と判断しがちです。しかし本当にそうでしょうか。もし私たち自身がその時代に生きていたなら、同じ価値観で生きていた可能性は高いはずです。

だからこそ、優劣や善悪を安易に持ち込まず、当時の時代背景や思想を丁寧に見つめる姿勢も、大切なのではないかと思います。


次回は、この激しい苦しみに耐えながらも、ブッダがクシナーラーへ向かわれる場面を取り上げます。そこで交わされる異教徒とのやりとりについて、お話ししたいと思います。

※この記事は以下の音声コンテンツをもとにテキスト化したものになります。