【仏教入門3-3】悩みには理由がある? ブッダが見つけた「苦しみの流れ」

十二支縁起

この番組は、仏教を学んでみたいという方に向けて、インスタグラムでフォロワー数二万人超えの僧侶、私・かんどう和尚が、一から仏教を解説していくプログラムとなっております。

前回の振り返りと今回のテーマ

前回のエピソードでは、ついに菩薩が悟りを開き、「ブッダ」となられたところまでお話ししました。これからは呼称を「ブッダ」とお呼びしながら、話を進めていきたいと思います。

私たちの苦しみの根本原因は tanha、これは妄執、渇愛と漢訳されますが、それを断ち切ることで悟りに至り、輪廻を終えて二度と生まれ変わらなくなる――このような仏教の核心部分に触れました。

ひとつ目の説:「苦しみのメカニズム」の理解

仏教には伝統的に2つの説があります。
1つ目は「苦しみが発生するメカニズムを解明したことによって悟りに至った」という説。

このメカニズムを説明する教えが、「十二支縁起(じゅうにしえんぎ)」です。


十二支縁起とは何か?

「十二支」は“子・丑・寅…”と同じ漢字ですが、「十二の要素・パート」という意味です。
「縁起」は、仏教において「原因と結果の法則性」を意味します。

ブッダは、「原因があれば結果が生じる」という法則によって世界が成り立っていると説きました。


十二支縁起の12の要素と流れ

以下が、苦しみの連鎖を示す十二のプロセスです。

無明(むみょう)

人間の根本的な愚かさ。無知とも言う。出発点。

行(ぎょう)

無明に基づいて起こる意思のはたらき。

識(しき)

その結果生まれる認識の心。間違った心のあり方。

名色(みょうしき)

概念化によって世界を構築していく働き。

六処(ろくしょ)

目・耳・鼻・舌・身体・心の六つの感覚器官。

触(そく)

感覚器官と外の世界が接触すること。

受(じゅ)

接触によって生まれる感覚(快・不快・中性)。

愛(あい)

心地よさをもっと味わいたいという欲求(渇愛)。

取(しゅ)

欲求にしがみつくこと。執着。

有(う)

執着によって形づくられる存在のあり方。

生(しょう)

執着に染まった人生の誕生。

老死(ろうし)

そして老いと死という苦しみへとつながる。


十二支縁起をめぐる議論と意義

実はこの十二支縁起にはさまざまな議論があり、経典によっては簡略化されているものもあります。また、原因が「無明」である点や、他の教えとの整合性においても異説があります。

それでも十二支縁起には意味がある

ブッダが説いた「すべてのものには原因がある」という因果の法則は、仏教の核心です。

苦しみには原因があり、その原因を絶てば苦しみを終わらせることができる――この視点にこそ、大きな意義があります。


次回予告:「四聖諦」について

次回は、もう一つの悟りの伝承「四聖諦」についてお話しします。
どうぞお楽しみに。